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山形地方裁判所 昭和52年(ワ)173号 判決

原告

東海林政志

被告

斎藤正勝

主文

一  被告は原告に対し、金九六〇万二、七九二円及びこれに対する昭和五〇年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告に生じた費用を被告の負担とし、原告に生じたその余の費用は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一、二五五万六、二四六円及びこれに対する昭和五〇年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五〇年七月一日午後六時三〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、山形県東村山郡山辺町大字山辺止宿一、七四四番の二先の交通整理の行なわれていない十字路交差点を同町大字根際方面より同町大字大寺方面に向つて進行するにあたり、同交差点には一時停止の道路標識が設置されており、かつ交差道路の左右の見通しが困難であるから、同交差点の直前で一時停止し、交差道路の交通状況を確認して交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、同交差点を漫然時速約四〇キロメートルの速度で進行した過失により、折柄交差道路左方より進行してきた原告(当時一七歳)の自転車に自車を衝突させて原告を路上に転倒せしめ、よつて原告に対し、入院加療約七ケ月、自宅療養約六ケ月を要する右下腿骨骨折等の傷害を与え、原告は山形市立病院済生館で治療を受けたが、この結果右下肢を約一センチメートル短縮し、かつ右膝関節及び右足関節等の機能に障害が残つた(自賠法施行令二条別表一一級に該当)。

2  被告は、右の事故発生につき、右のような一時停止義務違反及び安全確認義務違反の過失があつたから、民法七〇九条に基づき本件事故により原告の被つた左記の損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 治療費等

(1) 治療費 金九七万六、四五八円

原告の父東海林正男は、国民健康保険に基づき、保険者である東村山郡山辺町から原告の前記傷害につき金九七万六、四五八円の保険給付を受け、これを山形市立病院済生館に対し原告に対する治療費の一部として支払つたが、右の給付を受けた金員は、加害者である被告から支払を受けて保険者である山辺町に返還する義務がある。

(2) 付添のための損害 金四万二、〇〇〇円

原告の母東海林きくゑは、本件事故当時、家業であるメリヤス製造に従事し、一日三、〇〇〇円を下らない収益を得ていたが、原告の入院中一四日間右の仕事を休み原告に付き添い看護したため、一四日分合計四万二、〇〇〇円の収益を逸失した。

(3) 入院中の諸雑費 金八万八、八〇〇円

入院日数二二二日で、一日四〇〇円の割合で計算した。

(二) 逸失利益

(1) 休業損害 金九七万二、〇〇〇円

原告は、中学校を卒業後本件事故に至るまで約二年間、家業であるメリヤス製造に従事し、本件事故当時は一日三、〇〇〇円を下らない収益を得ていたところ、本件事故により、次のように三二四日間の休業を余儀なくされ、合計九七万二、〇〇〇円の収益を逸失した。

(ア) 入院期間 昭和五〇年七月一日より翌五一年二月七日まで。

右期間における稼働可能日数は一八一日(一ケ月二五日、但し昭和五一年二月は六日)

(イ) 自宅療養期間 昭和五一年二月八日より同年七月三一日まで。

右期間における稼働可能日数は一四三日(一ケ月二五日、但し昭和五一年二月は一八日)

(2) 後遺症に基づく逸失利益 金六二九万六、九八八円

原告の受けた右下腿骨骨折の傷害は、昭和五一年八月ころ症状が固定し、右下肢は左下肢より約一センチメートル短縮し、かつ右膝関節及び右足関節等に機能障害を残す後遺症(自賠法施行令二条別表一一級に該当)を残し、これにより原告は昭和五一年八月以降二〇パーセントの労働能力を喪失した。

昭和五一年八月(原告は、当時一八歳)以降の原告の得べかりし年収は次のとおりである(年間稼働可能日数を三〇〇日として)。

一八歳の八月から二〇歳の七月までの二ケ年

各一五〇万円(一日五、〇〇〇円)

二〇歳の八月から五五歳の七月までの三五ケ年

各一八〇万円(一日六、〇〇〇円)

五五歳の八月から六〇歳の七月までの五ケ年

各一五〇万円(一日五、〇〇〇円)

六〇歳の八月から六七歳の七月までの七ケ年

各一二〇万円(一日四、〇〇〇円)

右に基づき、原告の逸失利益の現価をライプニツツ方式により年五分の割合の中間利益を控除して計算すると左のとおり六二九万六、九八八円となる。

150万×0.2×1.8594=55万7,820………………(ア)

180万×0.2×14.8518=534万6,648……………(イ)

150万×0.2×0.7120=21万3,600………………(ウ)

120万×0.2×0.7455=17万8.920………………(エ)

(ア)+(イ)+(ウ)+(エ)=629万6,988

(三) 慰藉料 金三三八万円

原告は本件傷害及び後遺症により精神的苦痛を被つたがこれに対する慰藉料は、次のとおり、金三三八万円が相当である。

(1) 前記のとおり、原告は本件傷害により、入院七ケ月及び通院、自宅療養六ケ月を余儀なくされた。これについての慰藉料は一八九万円が相当である。

(2) 前記後遺症に対する慰藉料は金一四九万円が相当である。

右合計三三八万円

(四) 弁護士費用 金八〇万円

以上により、原告は被告に対し金一、一七五万六、二四六円を請求し得るものであるところ、被告はその任意の弁済に応じず、かつ原告は訴提起及びその追行を行なう能力がないため、弁護士たる本件原告訴訟代理人に対し訴の提起及び訴訟の遂行を委任し、同人に対し金八〇万円を支払う旨約した。

よつて、原告は被告に対し不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、金一、二五五万六、二四六円及び本件事故発生の日である昭和五〇年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因事実一項のうち、原告主張の日時、場所で被告がその乗用していた自動車を原告の乗つていた自転車に衝突させて同人を路上に転倒させ、同人に傷害を負わせたことは認めるが、事故の態様、被告の過失内容及び傷害の部位、程度は争う。

2  同二項は争う。

3  同三項は不知。

三  過失相殺

原告は本件事故当時作谷沢方面から左沢方面に向つて進行し、本件交差点に差し掛つたものであるが、原告の進んで来た道路は右交差点に向つて急勾配の長い坂道になつており、原告は右道路を急停車することのできない時速約四〇ないし五〇キロメートルという高速度で自転車を走らせてきたものであり、この点で本件事故について被告にも安全配慮を欠いた過失がある。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時、場所において被告がその乗用していた自動車を原告の乗つていた自転車に衝突させて同人を路上に転倒させ、同人に対し傷害を負わせたことは当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実及び成立に争いのない甲第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証、第一一号証、第一六号証、第一九号証並びに原告及び被告各本人尋問の結果を総合すれば、被告は昭和五〇年七月一日午後六時三〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、山形県東村山郡山辺町大字山辺字止宿一、七七四番地の二先の道路を根際方面から大寺方面に向かい時速約四〇キロメートルの速度で進行し本件十字路交差点に差し掛りこれを直進しようとしたのであるが、同交差点は交通整理が行なわれておらず、自車進路からみて交差点手前に一時停止の道路標識が設置されており、かつその進路左側は立木等の障害物に遮られて交差道路左方の見通しが困難であるから、被告としては同交差点の直前で一旦停車して交差道路特に左方の交通状況を確認したうえ同交差点に進入し、交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、交差点手前で一旦停止せず、かつ交差道路の交通状況に対する安全確認を怠り、漫然時速約四〇キロメートルの速度で同交差点に進入したため、折柄交差道路左方から自転車に乗つて同交差点に進入してきた原告(昭和三三年三月二五日生、当時一七歳)を左前方約一二、九メートルの地点に認め、ハンドルを右にきるとともに急制動の措置をとつたが間にあわず、自車左前部附近を原告乗用の自転車の前輪附近及び原告の右下腿部に衝突させ、右衝撃等により原告を自車ボンネツト上に跳ね上げて自車フロントガラスに衝突させたうえ、路上に転倒させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は、被告の自動車運転者として当該遵守すべき本件交差点での一時停止義務及び安全確認義務違反が原告の後記過失と競合して惹起されたものであるから、被告は本件事故につき不法行為者として損害賠償責任を負うといわなければならない。

三  前掲甲第九号証及び第一一号証、原本の存在並びに成立に争いのない甲第二号証、成立に争いのない甲第一〇号証、第一三号証ないし第一五号証、証人東海林きくゑの証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は直ちに東村山郡中山町所在の鈴木医院において応急手当を受けた後、山形市立病院済生館に転送され、医師の診察を受けた結果、右下腿骨骨折、顔面挫創、四肢挫傷と診断されて同済生館に入院し、顔面及び右下腿部についての手術を受けたところ、顔面の傷害は順調に治癒していつたものの、右下腿骨骨折の手術結果は芳しくなくその後二度にわたり手術を受け、ようやく翌五一年二月七日退院することができたこと、そして原告は同年八月上旬ころ、骨折部位の金具の除去手術を受けるまで同病院に通院して治療を受けながら自宅療養をしたこと、こうして同年八月ころ、右下腿骨骨折はほぼ完治したものの、骨折の態様が粉砕骨折であつたため、右下肢は約一センチメートル短縮し、かつ右膝関節は左膝関節と比較した場合屈曲運動において約一〇度制限され、右足関節は左足関節と比較して伸展運動において約一〇度制限される機能障害を残し、右後遺症は同月下旬ころ固定したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上によれば、原告の受けた右傷害及び後遺症は本件事故と相当因果関係があるものと認められる。

四  そこで、右認定にかかる傷害の具体的内容に基づいて、本件事故によつて原告が被つた損害額について検討する。

1  治療費等

(一)  治療費について

成立に争いのない甲第三号証、証人東海林きくゑの証言及び弁論の全趣旨によれば、原告の父東海林正男は、国民健康保険に基づき、保険者である東村山郡山辺町から原告の前記認定の傷害について金九七万六、四五八円の保険給付を受け、これを山形市立病院済生館に対し、原告に対する治療費の支払に充てたことが認められる。

国民健康保険に基づく保険給付は、被保険者に生じた損害の填補という観点から行われるものではなく、被保険者の生活を脅かす事故に際して、そこに生ずる生活上の脅威に対して公的な保険技術を介してその危険を大量的に分散しつつ、その救済を図るという目的に基づくものであり、右の給付の有無は、本来不法行為に基づく損害賠償請求権に関係しない。然しながら、国民健康保険法六四条一項は、第三者の不法行為による事故に関して保険給付を行つた場合における保険者の第三者に対する求償(保険者代位)を規定するとともに、同条二項において、第三者が被保険者に対して損害賠償をなしたときは保険者は右の限度において保険給付を行う責を免かれる旨の免責の規定が設けられていることからすれば、被保険者が保険給付を受けた場合には右給付の価額を被保険者の第三者に対する損害賠償額から控除すべきものとするのが相当である。

原告は右の給付を受けた金員については、被告から支払を受けて、これを保険者である山辺町に返還する義務がある旨主張するが、国民健康保険法上被保険者に右のような義務がないことは明らかである。

原告の治療費に関する請求は理由がない。

(二)  付添のための損害について

原告は原告の母きくゑが原告の入院期間中、付添看護にあたり、そのため家業を休んで一日三、〇〇〇円を下らない収益を失つた旨主張するが原告の主張する右損害の実質は本来原告が負担すべき付添看護費用であり、右はその算出の根拠を示したものと解せられる。

証人東海林きくゑの証言によれば、原告の母である同女は原告の入院期間のうち昭和五〇年七月一日から同月一四日までの間、家業であるメリヤス編の仕事を休み原告に付き添つて看護したことが認められ、原告の前記傷害内容からすれば、右の付添看護は必要かつ相当であると認められる。職業的付添人の昼間のみの付添料が一日約四、〇〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるから、原告の主張する一日の付添費用の金額は相当である。

従つて付添に要した費用は

14(日)×3,000(円)=4万2,000円

右のとおり四万二、〇〇〇円である。

(三)  入院中の諸雑費について

原告が山形市立病院済生館に昭和五〇年七月一日から翌五一年二月七日まで計二二二日間の入院して傷害の治療を受けたことは前記認定のとおりであるが、右入院期間一日当り金四〇〇円の諸雑費を要したとみて、この合計額は八万八、八〇〇円である。

2  逸失利益

(一)  休業損害について

前掲証人東海林きくゑの証言、原告本人尋問の結果によれば、原告はその父母と三人で自宅においてメリヤス編の仕事に従事し、三人の月収合計は約二五万円であつたこと及び原告の労務寄与率は約三六パーセントであつたことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そして原告が昭和五〇年七月一日から翌五一年二月七日まで入院し、翌八日から同年七月三一日までの間自宅療養したことは前記認定のとおりであるから、右入院及び自宅療養期間における原告の休業による逸失利益は、各毎月の就労可能日数を二五日(但し二月のみ二四日)として計算すれば、次のとおり九七万二、〇〇〇円である。

25万0,000(円)×0.36×25/30×12=90万0,000(円)……〈1〉

25万0,000(円)×0.36×24/30=7万2,000(円)…………〈2〉

〈1〉+〈2〉=97万2,000円

(二)  後遺症に基づく逸失利益について

原告は本件事故により、右下肢が約一センチメートル短縮し、かつ右膝関節及び右足関節に機能障害を残し、右後遺症は昭和五一年八月下旬ころ固定したことは前記認定のとおりであり、右によれば、原告は昭和五一年八月以降労働能力を約二〇パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

原告がその父母とともに三人でメリヤス編の仕事に従事して三人で月収合計約二五万円を得たこと及び原告の労働寄与率が約三六パーセントであつたことは前記認定のとおりであるところ、原告は六七歳に達するまで稼働可能と認めるのが相当であるから本件口頭弁論終結時である昭和五四年一〇月八日(原告は当時二一歳)以降の原告の稼働期間は四六年間と認められる。

以上によれば、原告の後遺症に基づく逸失利益の現価は次のとおり四五四万六、〇八〇円となる。

25万(円)×0.36×0.2×38=68万4,000(円)

25万(円)×0.36×12×17.8800×0.2=386万2,080(円)

386万2,080円+68万4,000円=454万6,080円

3  慰藉料について

上来説示した諸事情からすると、本件事故により原告の被つた精神的苦痛を慰藉すべき金額は四一三万二、〇〇〇円と算定するのが相当である。

なお、慰藉料の場合、原告の主張する損害額は原告の被つた精神的苦痛による損害に対する評価であるから、右評価については当事者の主張に拘束されるいわれはなくただ、慰藉料額と他の損害額の合算額が総請求金額を超えないことを要するものと解する。

五  過失相殺について

前記認定の事実と、前掲第八号証の一ないし三、第九号証、第一一号証、第一六号証、第一九号証並びに原告及び被告各本人尋問の結果(但し被告本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、本件交差点は交通整理の行われていない十字路交差点であり、少くとも原告の通行した道路からは交差道路右方の見通しのきかない場所であつたから、原告としても本件交差点に進入する際、その速度を十分減じたうえ、右方道路の安全を確認すべき注意義務があるのに、原告は下り坂のため相当のスピードがついたまま、右方道路の交通状況を十分確めることなく進行したため、本件事故に遭遇した事実が認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果の一部はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみれば原告にも交差点での速度調節及び安全確認を尽さなかつた過失があり(本件のようにその交差道路に一時停止の標識が設置されている場合でも、見通しの悪い交差点に進入する車両の運転者には速度調節義務及び安全確認義務があるものと解する。)、右過失も一因となつて本件事故が惹起されたものと認めるのが相当であるが、原、被告の前記過失の内容や車種等を彼此勘案すれば、その過失割合は原告一、被告九とみるのが相当である。

六  以上のとおりであるから、本件事故に基づき原告が被つた損害額は、後記の弁護士費用を除くと、次のとおり八八〇万二、七九二円となる。

(4万2,000円+8万8,800円+97万2,000円+454万6,080円+413万2,000円)×0.9=880万2,792円

七  弁護士費用について

本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照すと弁護士費用としては金八〇万円とするのが相当である。

八  よつて、原告の本訴請求は、右六及び七掲記の各金額の合計金九六〇万二、七九二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五〇年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武藤冬士己 木原幹郎 服部廣志)

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